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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)84号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔編注〕一、本件の特許庁における手続の経緯

原告は昭和三五年八月一日名称を「接着用銅材料の表面処理法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願し、昭和三七年四月一七日拒絶査定を受けたので、同年五月二三日審判を請求し(同年審判第七四四号)、昭和四〇年七月一九日出願公告がなされたところ、同年九月一三日F金属箔粉工業株式会社から、同月一七日M金属鉱業株式会社からそれぞれ特許異議の申立がなされた。特許庁は昭和四四年七月一五日右審判事件について「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年八月六日原告に送達された。

二、本願発明の特許請求の範囲

銅材料の表面に銅のヤケ鍍金を施した後、該面に接着剤を使用し、または使用せずして合成樹脂含浸紙または布からなる積層板を密着せしめることを特徴とする銅貼積層板の製造法

〔判決理由〕前示当事者間に争いがない本願発明の特許請求の範囲と明細書全文によれば、電着銅の粗表面に直接絶縁材料を接着して銅貼積層板を製造する方法が本願出願前当業者間に周知であつたが右方法による場合は銅材料と絶縁材料との間の剥離抗力が極めて劣弱であつたこと、本願発明は右周知方法の欠陥を改善することを目的とし、銅材料と絶縁材料である合成樹脂含浸紙または布からなる積層板との接着力を強化させるために、予じめ銅材料の表面に、出願前周知の電気鍍金の方法を用い、限界電流密度を越える電流を流して銅材料と一体をすな原告主張のヤケ鍍金層を形成させたうえ、銅材料を直接絶縁材料と接着させることを主要な構成要件とするものであることが認められる。

一方、第一引用例中審決認定の「電着銅の銅粗表面に合成樹脂含浸紙からなる積層板を密着して銅被覆積層板を製造する」旨の記載が前記周知方法についての記載であることは当事者間に争いがない(したがつて、審決理由中第一引用例の右記載によつて右周知方法が本願出願前公知であつた旨の認定は無用な説示である。)。右事実と第一引用例によれば、引用発明も前記周知方法の欠陥の改善を目的とし、銅材料と絶縁材料との接着力を強化させるために、予じめ銅材料の表面に、酸化剤を加えたアルカリの水溶液にこれを浸漬するなど周知の方法によつて、銅酸化物層を形成させたうえ、銅材料をこれとは別の物体である銅酸化物層を介して絶縁材料と接着させることを主要な構成要件とするものであつて、銅材料の粗表面自体を使用することはないことが認められる。

そこで、本願発明が第一引用例の記載から当事者が容易に推考できたものであるかどうかについて判断する。前叙のとおり、審決はこれを肯定する理由として、本願発明は同引用例に示された銅粗表面(銅粗表面自体および銅粗表面に銅酸化物層を形成させたものの両者を指す)として、単にヤケ鍍金を施した銅電着粗面を用いた程度のものである旨説示しているところ、右説示はその趣旨が曖昧であるが、さきに認定したところに照らせば、引用発明の方法が銅粗表面自体を使用することがあるものと誤認したか、銅粗表面自体を使用することとこれに前認定の銅酸化物層またはヤケ鍍金層を形成させたものを使用することを漫然同一視したものと解され、いずれにしても十分な理由の説示とは認められない。この点につき、被告は、第一引用例には表面粗度を大きくすれば接着力が大きくなる旨の記載があるから、本願発明は同引用例の記載から容易に推考できたものである旨主張し、同引用例に、引用発明の前認定の構成が接着力を強化する作用効果を生ずる理由の説明として、被告主張の趣旨の記載があることおよび銅表面にヤケ鍍金を施すと粗度が大きくなることは当事者間に争いがない。しかし、原告が主張するように、同引用例記載の右命題が真実に反しており、かつそのことが本願出願前当業者間に周知であつたとすれば、被告の右主張を採用することができないから、この点について次に検討する。

<証拠>によれば、表面の粗度、すなわち真の表面積の幾何学的表面積に対する比率を大きくすれば接着力が大きくなるという命題は、本願出願前俗説としては存在したが、学説または理論としてこれを主張するものは皆無であり、むしろこれとは反対の実験結果がいくつか報告されていたこと、当時の学説ないし理論によれば、表面粗度を大きくした場合には、清浄な面または反応性に富む面を作るなどの長所があると同時に、空隙が残りその部分に応力が集中しそこから破壊がはじまるなどの短所があること、表面粗度のほかに表面粗化の方法、例えば機械的方法によるか化学的方法によるかによつて接着力が異なることが指摘され、表面粗度と接着力との関係は複雑で一義的に説明することはできないとされていたこと、以上の事実が本願出願前における当業者の技術常識であつたことが認められる。そうだとすると、第一引用例記載の前記命題は真実に反しており、かつそのことが本願出願前当業者間に周知であつたことが明らかであるから、被告の前記主張はすでにその前提を欠くものであるのみならず、右認定の本願出願前における当事者の技術常識を基準にして考えれば、本願発明は第一引用例の右記載から容易に推考できたものということはできない。そして第一引用例の発明においては銅材料の表面に酸化物層を形成させるものであるのに対し、本願発明においては銅材料の表面に銅のヤケ鍍金を施すものであること前認定のとおりであるから、両者は銅表面の粗化の方法を異にし、かつ、銅材料と絶縁材料との間に銅酸化物層が介在するかどうかの構造にも差異があるというべきである。したがつて右引用発明からして当業者が容易に本願発明に想到することができると認めるのは相当でないといわざるをえない。

次に、銅の電気鍍金の際に限界電流密度を越える電流が流れると原告主張のヤケ鍍金の現象が生ずることが本願出願前当業者間に周知であつたことは当事者間に争いがないところ(したがつて、右の現象が第二引用例によつて公知であつたとする審決の認定は無用の説示である。)、前叙のとおり、審決はこれを本願発明の容易推考性を認める理由の一としている。しかし、前認定の本願発明の目的および構成と<書証>を総合すれば、本願出願前右ヤケ鍍金の現象は産業上価値のない不良現象として当業者に認識されていたこと、本願発明者は、右ヤケ鍍金の現象が本願発明の目的である銅材料と絶縁材料との接着力の強化のため有益な作用効果を有すること、すなわち、右ヤケ鍍金の現象を本願発明の目的を達成するのに適した態様(この態様は当業者の適宜選択すべきものである。)において利用するならば、前認定の周知方法による場合と比較して剥離抗力が約3.4倍ないし八倍増大することを発見し、この知見に基づいて本願発明を完成したことが認められるから、ヤケ鍍金の前記作用効果の発見が当業者にとつて容易な場合でなければ、ヤケ鍍金の現象自体が周知であつても、本願発明が容易に推考できたものと認めることはできない。そして、接着力と表面粗度との関係は複雑で一義的に説明することはできないというのが本願出願前当業者の技術常識であつたことは前認定のとおりであるから、銅にヤケ鍍金の現象が生ずると銅表面の粗度が大きくなることが周知であつたとしても、ヤケ鍍金の有する前記作用効果を発見することは当業者にとつて必ずしも容易ではなかつたものと認めるのが相当である。したがつて、ヤケ鍍金の現象が周知であつたことだけでは本願発明が容易に推考できたものと認める理由にはならないことが明らかである。

以上判示したとおり、審決には原告主張の違法があることが明らかであるから、原告の請求を認容し、本文のとおり判決する。

(青木義人 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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